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    2017年01月

    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 22:43:41.72 ID:CAP_USER9

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    16日、昨シーズンまでマンチェスター・Uを率いていたルイ・ファン・ハール氏が、26年間にわたる監督業の引退を発表した。イギリス紙『デイリー・メール』は、同氏が指導した選手の中からベストイレブンを選出した。

     ファン・ハール氏は1991年にアヤックスで監督としてのキャリアをスタートさせた後、バルセロナ、AZ、バイエルン、マンチェスター・Uといった各国のトップクラブを指揮。オランダ代表指揮官にも2度にわたって就任し、クラブと代表の双方で数々のスター選手を指導してきた。今回、同紙は[3-5-2]のフォーメーションを用いてベストイレブンを編成している。

    ▼GK
    エドウィン・ファン・デル・サール(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏がアヤックスで指導した“黄金世代”の選手の1人であり、正GKとして数多くのタイトル獲得に貢献。1995年にはチャンピオンズリーグ(CL)優勝を経験し、以後、世界屈指のGKとして名声を確立していった。

    ▼DF
    フィリップ・ラーム(元ドイツ代表/現バイエルン)
    現在も「世界最高の右サイドバック」と称されるラームは、ファン・ハール氏がバイエルンを率いていた時期に不動のレギュラーとしてプレー。監督就任初年度の2009-10シーズンには、国内2冠やCL準優勝に大きく貢献した。

    ダニー・ブリント(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏がアヤックスで採用していた3バックにおいて最も不可欠な選手であり、キャプテンも任されていた。CL、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)、UEFAカップウィナーズカップを制したことのある数少ない選手の1人である。

    フランク・デ・ブール(元オランダ代表)
    非常に能力の高いセンターバックであり、ファン・ハール氏の下、アヤックス黄金時代の中心選手として数々のタイトル獲得に貢献。1999年には同氏が監督を務めるバルセロナに双子の兄ロナルドとともに移籍し、リーグ優勝を経験した。

    ▼MF
    アリエン・ロッベン(オランダ代表/現バイエルン)
    2009年夏、バイエルンの監督就任とともにファン・ハール氏がレアル・マドリードから引き抜いてきた選手であり、2009-10シーズンの国内2冠とCL準優勝の立役者となった。同氏がオランダ代表を率いた2014年のブラジル・ワールドカップでは、中心選手としてチームを3位へ導いた。

    エドガー・ダーヴィッツ(元オランダ代表)
    若手だったダーヴィッツをファン・ハール氏が熱心に指導したことで、同選手は黄金時代のアヤックスとオランダ代表の双方において欠かせない選手となった。“闘犬”というニックネームを与えたのも他ならぬファン・ハール氏である。

    ルイス・エンリケ(元スペイン代表)
    ファン・ハール氏が率いたバルセロナの中心選手であり、1998年からのリーグ2連覇に大きく貢献した。本職の中盤だけでなく、FWやDFなど複数のポジションをこなす戦術理解力の高さによって同氏から重宝された。

    リヴァウド(元ブラジル代表)
    ファン・ハール氏がバルセロナの指揮官に就任した当初、トップ下でのプレーを望むリヴァウドはウイング起用を強いる同氏と対立した。しかし不和が解消されると、元オランダ代表FWパトリック・クライファート氏と抜群のコンビを形成し、得点を量産。活躍が認められ、1998-1999シーズンにはバロンドールとFIFA最優秀選手賞を受賞した。

    ルイス・フィーゴ(元ポルトガル代表)
    ファン・ハール氏が指揮したバルセロナで、リバウド、クライファートとともに破壊力抜群のトリデンテ(3トップ)を形成。当時、世界で最も華麗で創造的なプレーヤーであり、リーグ制覇の大きな原動力となった。

    ▼FW
    パトリック・クライファート(元オランダ代表)
    アヤックスの下部組織に在籍していた1994年、ファン・ハール氏に見出されてトップチームデビューを果たす。すると、同シーズンのCLファイナルで決勝ゴールを挙げるなど、高い得点能力を開花させた。1998年に移籍したバルセロナでも、監督を務めていた同氏とタッグを組んだ。

    デニス・ベルカンプ(元オランダ代表)
    ファン・ハール氏のアヤックス監督就任前から、すでにゴールゲッターとしての地位を確立していたが、同氏の指導を受けたことでさらなる成長を遂げ、2シーズン連続(1991-92、1992-93)で30ゴール以上を挙げてエールディヴィジ得点王に輝いた。同氏の下でプレーした選手の中でも最も恐ろしいストライカーのうちの1人である。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00542924-soccerk-socc

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    1: YG防衛軍 ★ 2017/01/18(水) 22:23:48.62 ID:CAP_USER9
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     公式サイトへのアクセス数が世界で最も多いサッカークラブは、マンチェスター・Uであることがわかった。UEFA(欧州サッカー連盟)が12日に発表した「クラブ財政評価レポート第8版」を元に、大手メディア『スカイスポーツ』がランキング形式で紹介している。

     UEFAは同レポートのなかで、2016年1月から6月における各クラブ公式サイトの月間平均アクセス数を発表。それによると、約860万アクセスを記録したマンチェスター・Uが、約850万アクセスのアーセナルを僅差でかわして1位に輝いた。なお、3位には約770万アクセスのリヴァプールがランクイン。トップ3をプレミアリーグ勢が独占した。

     続く4位と5位には、レアル・マドリード(約720万アクセス)とバルセロナ(約630万アクセス)のリーガ・エスパニョーラ勢がランクイン。また、6位フェネルバフチェ(約330万アクセス)から10位ドルトムント(約290万アクセス)まで、欧州クラブがトップ10を占めた。

     一方、欧州勢以外では、エジプトのアル・アハリ(約260万アクセス)が11位に入ったほか、ブラジルのサンパウロ(約180万アクセス)が14位タイに入った。しかし、トップ20のうち、欧州勢以外は上記2クラブのみだった。

     各クラブ公式サイトの月間平均アクセス数トップ20(2016年1月から6月)は以下のとおり。

    ▼1位(約860万)
    マンチェスター・U(イングランド)

    ▼2位(約850万)
    アーセナル(イングランド)

    ▼3位(約770万)
    リヴァプール(イングランド)

    ▼4位(約720万)
    レアル・マドリード(スペイン)

    ▼5位(約630万)
    バルセロナ(スペイン)

    ▼6位(約330万)
    フェネルバフチェ(トルコ)

    ▼7位(約320万)
    チェルシー(イングランド)

    ▼8位(約310万)
    ディナモ・キエフ(ウクライナ)

    ▼9位(約290万)
    バイエルン(ドイツ)

    ▼10位(約270万)
    ドルトムント(ドイツ)

    ▼11位(約260万)
    アル・アハリ(エジプト)、パリ・サンジェルマン(フランス)

    ▼13位(約190万)
    レスター(イングランド)

    ▼14位(約180万)
    トッテナム(イングランド)、マルセイユ(フランス)、サンパウロ(ブラジル)

    ▼17位(約170万)
    マンチェスター・C(イングランド)

    ▼18位(約160万)
    ゼニト(ロシア)、ガラタサライ(トルコ)

    ▼20位(約150万)
    ユヴェントス(イタリア)

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00542923-soccerk-socc

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    1: YG防衛軍 ★2017/01/18(水) 20:39:30.13 ID:CAP_USER9

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    前シーズン奇跡の優勝を遂げたレスターは苦しい今シーズンを戦っている。

     対戦相手に恵まれたUEFAチャンピオンズリーグでは、早々に決勝トーナメント進出を決めたが、リーグ戦では勝ち点を積みあげることに失敗していた。

     多くの選手の流出が予想されていたレスターだったが、ボランチとして類まれな能力を発揮してフランス代表入りしたカンテがチェルシーへ移籍した以外、優勝メンバーの多くが残留。そのうえで、クラブ史上最高額の移籍金でアルジェリア代表FWスリマニ、スピードが持ち味のムサを補強した。とはいえ、チャンピオンズリーグを戦うことも考えると移籍加入選手の数はそれほど多くはなかった。しかも、カンテの後釜と期待されたメンディが早々に負傷離脱し、守護神シュマイケルの離脱も痛手だった。

     「レスターは全員で守備をし、豊富な運動量で戦ってきたチームだけれど、監督はその戦い方に限界を感じて、スリマニのような典型的な点取り屋を使っているのかもしれない」

     岡崎がそう語ったのは9月27日のCLポルト戦後だった。

     その1週前、9月20日のリーグカップ対チェルシー戦に先発出場し、2得点を決めたもののその後は再びベンチスタート。岡崎の不在が調子の上がらない理由だとメディアは書きたてた。10月22日に先発出場で得点を決めてからは徐々に岡崎の先発起用が増えたが、12月になると再びベンチスタートの試合が多くなった。
    首位チェルシー戦に奇策で挑んだが……。

     1月14日チェルシーをホームに迎えた一戦。現在首位を独走するチェルシーだが、この日はトップスコアラーのジエゴ・コスタが負傷欠場(一部では監督との衝突が報じられている)するなど、不協和音が聞こえてくる。

     レスターのラニエリ監督は、長く採用していた4-4-2ではなく、5-3-2(3-4-3)という奇策で挑んだ。代表の試合のためにチームを離れたスリマリ、マフレズの穴を埋める意図があったかもしれない。

     しかし、その思惑は開始6分で打ち破られた。

     ペナルティエリア内に押し込まれたレスターは、自陣を固めていたはずだった。しかし、セカンドボールを拾うチェルシーのパスワークに混乱したのか、最後はまったくフリーの状態でパスを受けたマルコス・アロンソに先制弾を決められた。


    岡崎投入時に、選手が疑問のジェスチャー。

     当初から0トップ気味の布陣を敷いていたチェルシーは、早い時間の先制点で戦い方にも余裕が生まれる。しっかりと固められたチェルシーのゴールを割ることは、当然困難なミッション。0-1で前半を終えたものの、51分にマルコス・アロンソが追加点。0-2となった直後、アップをしていた岡崎がコーチに呼ばれる。

     入念なアドバイスを受けた岡崎がピッチサイドに立つ。レフリーが掲げたボードにスタンド内は一瞬ざわめいた。そして、ベンチから最も遠いサイドに立つフクスが手を上げる。その姿は、「どういうことなんだ? という疑問を指揮官に問いただしているようにも見えた。GKのシュマイケルも同様のジェスチャーだった。

     ラニエリ監督はセンターバックのフートに代えて、岡崎を投入した。5バックだったDFを1枚減らし、4バックに変える。そういう意図だったのだろうが、それがスムーズに選手やチームへ伝わったのかは微妙だった。それでも、ゴールを奪うという姿勢は選手たちも理解しただろう。

     しかしフォーメーションを変えても、レスターが徐々に自陣へ押し込まれる状態は変わらない。なんとかマイボールにしても、次のパスがタッチを割ったり、相手選手へ渡ったりとミスが続いた。

    岡崎自身の仕事ぶりは、昨季から落ちていない。

     昨季はどんなに押し込まれても、ボールを奪ったタイミングでグッとラインを押し上げることができた。同時に素早いカウンター攻撃に転じる。もちろん、前線から始まる守備でボールをインターセプトする機会も多かった。ボールを奪えるという自信があるから、パスを待つ選手も常に準備が出来ている。そういう漲るような躍動感やほとばしる強さが、この日のレスターには微塵も感じられなかった。

     トップ下の位置に立った岡崎は、守備陣からのパスを受けて、前線へと繋ぐ仕事に追われていた。後ろ向きでボールを受けて、ターンし、パスを出し、自身も攻撃に加わるために走る。その仕事ぶりは昨季と比べても遜色はない。しかし、岡崎からのパスを受けた選手のパスが狂うなど、岡崎の貢献が台無しになってしまうシーンも多い。そのひとつがチェルシーの3点目の起点になった。

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    1: YG防衛軍 ★ 2017/01/18(水) 20:24:54.27 ID:CAP_USER9

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    先日監督業からの引退を明言していた元マンチェスター・ユナイテッド指揮官ルイ・ファン・ハールだが、どうやらまだ現場に復帰する考えを捨ててはいないようだ。

    バルセロナ、バイエルン・ミュンヘン、オランダ代表と強豪を率いた経験を持ち、昨季までユナイテッドを率いていたファン・ハール氏。オランダ『Algemeen Dagblad』に対して「もうフットボール界に戻ることはない」と話したファン・ハール氏は、事実上監督業からの引退を明言したかと思われた。

    だがファン・ハール氏は完全に引退を決断したわけではないという。スペイン『ラルゲロ』のインタビューで「退くのではない。1年間の休養を決めただけだ。その後届いたオファー次第で、最終的な決定を下す」と語っている。

    ファン・ハール氏は過去3カ国で指揮したチームをリーグ戦優勝に導き、1995年にはチャンピオンズリーグを制覇している。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00000023-goal-socc

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    1: YG防衛軍 2017/01/18(水) 19:51:23.20 ID:CAP_USER9
    ミランが生んだ怪物GKジャンルイージ・ドンナルンマ。

    今季も素晴らしい活躍で数々のピンチを救っているが、先週末に行われたセリエA第20節のトリノ戦でこんなシーンがあった

    https://www.youtube.com/watch?v=nHOtFOAge40



    0-2とリードされ迎えた32分、ペナルティエリア内でイニャーツィオ・アバーテがアントニオ・バッレーカを倒し、トリノにPKが与えられた。

    失点すれば点差が3点に広がるという絶対的なピンチであったが、ドンナルンマはアデム・リャイッチのキックを止め、この危機を救って見せたのだ。

    GKとすれば、PKの際にあえてステイするのは勇気のいる決断だ。よほどリャイッチが蹴るコースに自信を持っていたのだろうか。結局ミランはここから2点を追い上げ、試合は2-2で終了に。ドンナルンマの活躍がなければ、ミランは勝ち点1を失っていた計算だ。

    そんなドンナルンマだが、今季はPKの際に傑出した成績を残している。

    https://twitter.com/acmilan/status/821310428336783361

    https://twitter.com/MilanTV/status/821386587367940096

    ミラン公式によれば今季は12本のPKを経験し、うち6度でこれを阻止しているという(相手の失敗含む)。つまり、阻止率は驚異の50.0%だ!

    PKに強いGKといえば、まず思い出されるのはバレンシアのジエゴ・アウヴィス。その阻止率はリーガ通算で45%ほどと異次元だが、ドンナルンマもそれに次ぐ存在となるだろうか。

    http://qoly.jp/2017/01/18/gianluigi-donnarumma-penalty-save-ratio-kwm-1

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 16:53:22.30 ID:CAP_USER9

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    圧倒的なフィジカルと決定力を武器にヨーロッパのフットボールシーンで一時代を築いたディディエ・ドログバ。彼はいかにしてスタープレーヤーへ上り詰めたのか?

    数々の栄光を手にしてきたその背景には、知られざるストーリーがある。今回は偉大なストライカーの、愛すべき一人のサッカー少年の物語を振り返っていこう。

    ■幼少期にフランスへ移住

    ドログバの成功は、いくつもの苦難を乗り越えた末に得られたものであった。若かりし頃のドログバにとっては、降りかかる数々の困難に打ち勝っていくのは決して簡単なことではなかった。ありきたりな表現ではあるが「試練の連続だった」としても、決して不思議な話ではない。プレーヤーとして何ができるかを問われる前に、自分が誰で、どこの出身で、どんな人間なのかが常に問われていたからだ。それは「植民地支配の影響が色濃く残る時代に生まれた」と書けば想像していただけるのではないだろうか。

    コートジボワールの首都・アビジャンで生まれ育ったドログバは5歳のとき、アフリカからヨーロッパへ渡る集団の中に紛れてフランスにやってきた。彼は異国の地で叔父のマイケル・ゴバとともに生活をおくることになった。ゴバはキャリアの大半を2部リーグで過ごしたとはいえ、プロのフットボーラーだった。

    そして、ゴバはドログバがフランスで生活することで「成功するチャンスがある」と考える人物だった。そのことに関して、ディディエの家族に説得を試みたほどである。



    フランスに移住した当初はうまく適応できなかった。ホームシックにかかり、3年後には一度、失業中であった両親が待つコートジボワールへ送り返されたのだった。

    しかし、次にフランスに戻って以降、彼が母国の地を踏むのはかなり先のことになる。青年になったドログバには、作家カマラ・レイが1953年に著した小説「The Dark Child」の主人公レイが当時のドログバと同じ年齢のときに故郷のギニアを離れてパリに移住した際の窮状よりはまだ自分のほうがマシだという慰めもあった。

    ■遅咲きのキャリア

    後に偉大な才能を開花させたドログバだが、決して順調なキャリアを歩んだわけではない。1997年、19歳の時にル・マンから声がかかるまでは、セミプロレベルで長い期間プレーをしていた。1999年1月にル・マンでデビューを果たし、その後も3年間トップチームのメンバーリストに名を連ねたものの、レギュラーとしてプレーしたわけではなく、60試合12ゴールを記録したに過ぎなかった。



    2001-02シーズン途中にギャンガンがドログバにリーグ・アンでプレーするチャンスを与えはしたものの、彼に対する期待は決して高いものではなかった。ギャンガンが降格を免れた同シーズンは、あくまでサブとしてプレーし、20試合で記録したゴールはたったの3つだった。

    当時、ギャンガンでコーチを務めていたマーク・ヴェスターロッペは語る。「ディディエはプロクラブのアカデミーでプレーした経験がなかった」「毎日トレーニングをし、毎週試合をこなすことができるようになるまで、4年間かかったんだ」

    ドログバは言わば「ダイアモンドの原石」であり、プロフットボーラーとしての生活に適応できていなかった。ジャンクフードをかっ喰らいがちで、私生活での不摂生ぶりを見かねたクラブはすぐに厳しい制約を課した。

    もっとも、この判断がドログバを偉大なプレーヤーへ成長させていく。ヴェスターロッペは「ハードワークの大切さを理解してから、彼はとても良い選手になった」と、その成長ぶりに舌を巻いたほどだ。

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 15:10:49.76 ID:CAP_USER9
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    勝利を知る「闘将」はJ1への道を切り開くことができるか。2010年以来のJ1復帰を目指すJ2京都に、心強い味方が加わった。DF田中マルクス闘莉王(35)だ。昨季に電撃復帰した名古屋でJ2降格の屈辱を味わい、今季は心機一転、長らくJ2生活にあえぐ京都の救世主に名乗りを上げた。「新たなチャレンジ。J1昇格を実現できるようすべてを出し切る」と決意に満ちている。(吉原知也)

     京都府城陽市の練習場で行われた16日のチーム始動日。雪の残るピッチでひと際目を引いたのは、引き締まった表情で練習に取り組む闘莉王の姿だった。夏場のブラジルから合流したばかりで「とにかく寒い。これほどギャップがあるとは」と笑いながらも、「本気でJ1を目指すチームにならないといけない」。心はすでに燃えていた。

     高い統率力と鋭い得点感覚を持つ守備の大黒柱。浦和や名古屋でJ1制覇を経験し、日本代表では10年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で16強入りに貢献。J2でのプレーは水戸時代の03年以来となる。

     昨季は名古屋でつらい経験に見舞われた。一昨季限りで一度は退団し、低迷した古巣からの要請を受けて昨年8月に電撃復帰。しかし、奮闘むなしく、クラブは初めてのJ2へと沈んだ。さらには契約更新をされず「ものすごい悔しさ、力のなさを感じてブラジルに帰った」と振り返る。

     失意に暮れていた昨年11月、サンパウロまで訪ねてきた京都の野口強化部長と小島強化部スカウトの2人から直接ラブコールを受けた。精神的支柱を求める熱意にほだされ、「サッカーはもういいと思っていた気持ちはすっかり抜けた」と勝負の世界に戻ってきた。

     名門復活のために課せられた役割は大きい。野口強化部長は「勝者のメンタリティーを持つ闘莉王の姿勢をチームが見習ってもらえれば」と強調する。布部陽功新監督は定位置のセンターバックを任せる意向で、男気あふれる背番号「4」にとっての舞台は整った。「こいつが帰ってきてよかったな、と思えるようなシーズンにしたい」と前だけを見据えている。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00000074-san-socc

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    1: Egg ★ 2017/01/18(水) 12:47:00.43 ID:CAP_USER9
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    アルゼンチン代表に1986年メキシコ・ワールドカップ優勝をもたらすなど、華麗なプレーの数々で多くの伝説を残したレジェンド、ディエゴ・マラドーナ氏が古巣のナポリを訪れ、クラブのリーグ初優勝から30周年のセレモニーに出席。

    「ペレは常に俺の二番手」と、相変わらずのコメントを残したと、「ガゼッタ・デロ・スポルト」などイタリアメディアが一斉に報じている。

     マラドーナ氏は1984年にバルセロナからナポリに移籍すると、86-87シーズンに中心選手としてリーグ初優勝に貢献した。89-90シーズンにも2度目の優勝を果たしたが、92年に薬物検査で違反が発覚しチームを去った。それでもナポリでは今もなお、マラドーナは英雄として扱われている。

     マラドーナはナポリのウェアを手に、「このユニフォームで私は夢を見たんだ」と訴えかけると、バルセロナからの移籍時に2倍の年俸を提示されたことを暴露し、「金じゃないんだ」と断って移籍したことも明かしている。

    FIFA汚職問題にもマラドーナ節全開

     そして、「ペレは常に俺の二番手だ」と相変わらず隣国ブラジルのレジェンドをこき下ろすと、FIFAの汚職問題にも触れて「ブラッター(前会長)とプラティニは泥棒だ」とマラドーナ節を炸裂させた。

     ナポリは今季、アルゼンチン代表FWゴンサロ・イグアインをユベントスに引き抜かれたが、勝ち点41で3位につけている。マラドーナ氏の在籍時に獲得した2回を最後にリーグ優勝から遠ざかっているナポリだが、今季はリーグを制することができるだろうか。

    Football ZONE web 1/18(水) 12:02配信
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170118-00010006-soccermzw-socc

    【サッカー】<サッカー界最大の論争テーマ>メッシよりC・ロナウドが上! イタリア専門紙が挙げた10の理由
    http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1484647513/

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    1: YG防衛軍  2017/01/18(水) 14:13:28.71 ID:CAP_USER9

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    16日、『FourFourTwo』は「バイエルン・ミュンヘンのオランダ代表FWアリエン・ロッベンは、中国からの狂ったオファーを断ったことを明らかにした」と報じた。

    今季でバイエルンとの契約が満了になる予定であったが、それを1年延長することを選択したロッベン。

    彼は『Radio 538』に出演して以下のように語り、中国からすごい額のオファーを受け取っていたと告白した。

    アリエン・ロッベン

    「僕はバイエルンで素晴らしい時間を過ごしている。世界最高のクラブの一つでプレーしている。自分の年齢を考えれば、どこに行くのかはわからない。

    中国への移籍は、間違いなくそういったものだ。それは基本的にキャリアの終わりを認めるものだ。僕はできるだけ長く最高レベルでプレーし続けたいんだ。

    今中国が行っていることは完全に狂気の沙汰だ。彼らはとんでもない額のオファーを送っている。

    僕もまたそれを受け取った。見せられたお金はとてもクレイジーなものだった。少なくとも、一蹴することはできないものだ。

    中国ではおそらく欧州ビッグクラブが支払える給与の4~6倍を手にできる。

    しかし、お金は僕を駆り立てることはない。僕が素晴らしいキャリアを歩めたのはそれが理由だと思う。自分にはサッカーだけしかない。

    27~28歳で中国に行く選手のことは理解できないね。それらの人物はキャリアの頂点にある。本当にゴミだ。

    人生は一度しかない。30歳になっているなら理解もできるんだけどね」


    http://qoly.jp/2017/01/18/arjen-robben-refused-an-offer-from-china-kgn-1

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    1: YG防衛軍 ★2017/01/17(火) 21:51:40.95 ID:CAP_USER9

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    バルセロナで出場機会を激減させているクロアチア代表MFイヴァン・ラキティッチだが、これからもチームに残ってポジション争いに挑戦すると意欲を示している。

    ルイス・エンリケ監督就任以降、MFセルヒオ・ブスケッツ、アンドレス・イニエスタと共に絶対的な中盤の選手として君臨してきたラキティッチ。しかし直近7試合で先発したのはわずか2試合で、今夏バレンシアから加入したMFアンドレ・ゴメスにポジションを奪われつつある状況だ。

    それでもラキティッチにあきらめる様子はない。「エンリケ監督は今まで僕をすごく助けてくれた。彼のために橋から飛び降りなければならないとしたら、迷うことなく飛び降りるさ」と『フランス・フットボール』のインタビューで指揮官への信頼を示している。

    さらに、ラキティッチはレギュラー奪還への覚悟を見せている。「エゴを表に出してはいけない。写真に収まりたいがために、そういう(目立った)場所に行きたいと思うことはない。どんな場合でも、僕の仲間は僕を盲目的に信じてくれていると分かっている」と語り、自信を失っていないことを強調した。

    リーガエスパニョーラ第18節で首位レアル・マドリーが2位セビージャに敗れたため、3位バルセロナとレアル勝ち点差はの暫定で2ポイントまで縮まった。シーズン終盤に向けて、復調したラキティッチの貢献が期待されるところだ。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170117-00000025-goal-socc

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