1: YG防衛軍 ★@2016/12/06(火) 19:59:08.03 ID:CAP_USER9


2018年ロシアワールドカップアジア最終予選前半戦終了時点で勝ち点10のB組2位で折り返した日本代表。首位・サウジアラビアと勝ち点で並び、3位・オーストラリア、4位・UAEと1差という熾烈な状況だが、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も一息ついている状況に違いない。
その日本代表にJ2からただ1人、名を連ねていたのが、山口蛍(C大阪)である。彼にとってセレッソ大阪のJ1復帰は今年の最重要テーマだった。2014年にJ2降格を余儀なくされたC大阪は2015年にパウロ・アウトゥオリ監督を招聘して1年でのJ1返り咲きを狙ったが、成績不振で指揮官が解任され、後を引き継いだ大熊清監督がJ1昇格プレーオフを指揮したが、最後の最後でアビスパ福岡に1-1に持ち込まれ、夢を断たれた。キャプテンとしてチームを担いながら最高峰リーグへ導けなかった責任を感じながら、彼はドイツ・ブンデスリーガ1部(当時)のハノーファー移籍を決断。2016年は新天地での挑戦に踏み切った。
ハノーファーには同じロンドンオリンピック世代の清武弘嗣(セビージャ)、酒井宏樹(マルセイユ)が在籍しており、環境適応は問題ないと思われた。当時指揮していたトーマス・シャーフ監督も山口に期待を寄せており、ボランチのみならず前目でも起用するなど可能性を見出そうとした。本人も「日本では試合に出られるのが決まっていて、少しぬるいところがあったけど、今は毎日緊張感がある」と発言するなど、貪欲さが垣間見えた。
異国での成長を示すべく、3月のロシアワールドカップアジア2次予選ラスト2連戦に日本代表として参戦。シリア戦(埼玉)でピッチに立ったが、相手の凄まじいラフプレーを受け、鼻骨骨折、および左眼窩(がんか)底骨折という重傷を負う。結局、ハノーファーのシーズン中の復帰は叶わなかった。その間に指揮官もダニエル・シュテンデル監督に代わり、降格が決定。山口は身の振り方を熟考した結果、古巣復帰を決意する。この決断には批判が殺到し、ハリルホジッチ監督も苦言を呈したが、本人は「(J1に復帰するまでの)半年間は代表に呼ばれない覚悟」を持ってC大阪に戻った。
その考えに反して代表には招集され、10月のイラク戦(埼玉)では値千金の後半ロスタイム決勝弾を挙げるなど、絶大な存在感を示し続けたが、C大阪では苦労が続いた。チームは停滞感を拭えず、上位を走っていた北海道コンサドーレ札幌、松本山雅に水を空けられたのだ。自動昇格圏はおろか、清水エスパルスにも抜かれ、11月初旬の段階でプレーオフ参戦が決まった。1年前の屈辱を味わっている山口は「ホントにプレーオフは勢いで決まるのかなというのはある。去年の福岡もそうやけど最後連勝で来たことで、自分らが1-0で勝ってたのに追いつかれてしまった。自分たちも勢いをつけることが大事」と割り切ってJ2終盤3試合、そしてプレーオフ2戦へ照準を合わせていった。
その思惑通り、C大阪はJ2ラスト3連勝。プレーオフ準決勝・京都サンガ戦はラストの時間帯に猛攻を受けて1-1のドローに持ち込まれたが、12月4日のファジアーノ岡山との決勝では高度な集中力を披露。悲願だったJ1への切符をつかむことに成功する。
「今日は勝つことしか考えてなかったんで、それに向かってひたむきに90分間攻守ともに走ったという感じ。自分自身はあまり自由にはできなかったけど、ソウザもかなり気合が入っていたし、ソウザの動きを見ながらバランスを取ろうという意識でやりました。自分は昇格できなければ帰ってきた意味はないと思っていた。それくらいの気持ちで半年間やってきたんで、報われてよかった」と公の場で滅多に感情を表さない男が涙を見せながら、しみじみとこう語った。
その日本代表にJ2からただ1人、名を連ねていたのが、山口蛍(C大阪)である。彼にとってセレッソ大阪のJ1復帰は今年の最重要テーマだった。2014年にJ2降格を余儀なくされたC大阪は2015年にパウロ・アウトゥオリ監督を招聘して1年でのJ1返り咲きを狙ったが、成績不振で指揮官が解任され、後を引き継いだ大熊清監督がJ1昇格プレーオフを指揮したが、最後の最後でアビスパ福岡に1-1に持ち込まれ、夢を断たれた。キャプテンとしてチームを担いながら最高峰リーグへ導けなかった責任を感じながら、彼はドイツ・ブンデスリーガ1部(当時)のハノーファー移籍を決断。2016年は新天地での挑戦に踏み切った。
ハノーファーには同じロンドンオリンピック世代の清武弘嗣(セビージャ)、酒井宏樹(マルセイユ)が在籍しており、環境適応は問題ないと思われた。当時指揮していたトーマス・シャーフ監督も山口に期待を寄せており、ボランチのみならず前目でも起用するなど可能性を見出そうとした。本人も「日本では試合に出られるのが決まっていて、少しぬるいところがあったけど、今は毎日緊張感がある」と発言するなど、貪欲さが垣間見えた。
異国での成長を示すべく、3月のロシアワールドカップアジア2次予選ラスト2連戦に日本代表として参戦。シリア戦(埼玉)でピッチに立ったが、相手の凄まじいラフプレーを受け、鼻骨骨折、および左眼窩(がんか)底骨折という重傷を負う。結局、ハノーファーのシーズン中の復帰は叶わなかった。その間に指揮官もダニエル・シュテンデル監督に代わり、降格が決定。山口は身の振り方を熟考した結果、古巣復帰を決意する。この決断には批判が殺到し、ハリルホジッチ監督も苦言を呈したが、本人は「(J1に復帰するまでの)半年間は代表に呼ばれない覚悟」を持ってC大阪に戻った。
その考えに反して代表には招集され、10月のイラク戦(埼玉)では値千金の後半ロスタイム決勝弾を挙げるなど、絶大な存在感を示し続けたが、C大阪では苦労が続いた。チームは停滞感を拭えず、上位を走っていた北海道コンサドーレ札幌、松本山雅に水を空けられたのだ。自動昇格圏はおろか、清水エスパルスにも抜かれ、11月初旬の段階でプレーオフ参戦が決まった。1年前の屈辱を味わっている山口は「ホントにプレーオフは勢いで決まるのかなというのはある。去年の福岡もそうやけど最後連勝で来たことで、自分らが1-0で勝ってたのに追いつかれてしまった。自分たちも勢いをつけることが大事」と割り切ってJ2終盤3試合、そしてプレーオフ2戦へ照準を合わせていった。
その思惑通り、C大阪はJ2ラスト3連勝。プレーオフ準決勝・京都サンガ戦はラストの時間帯に猛攻を受けて1-1のドローに持ち込まれたが、12月4日のファジアーノ岡山との決勝では高度な集中力を披露。悲願だったJ1への切符をつかむことに成功する。
「今日は勝つことしか考えてなかったんで、それに向かってひたむきに90分間攻守ともに走ったという感じ。自分自身はあまり自由にはできなかったけど、ソウザもかなり気合が入っていたし、ソウザの動きを見ながらバランスを取ろうという意識でやりました。自分は昇格できなければ帰ってきた意味はないと思っていた。それくらいの気持ちで半年間やってきたんで、報われてよかった」と公の場で滅多に感情を表さない男が涙を見せながら、しみじみとこう語った。
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