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    カテゴリ: オモシロニュース

    1: あちゃこ ★ 2016/08/14(日) 23:16:07.79 ID:CAP_USER9
    朝日新聞デジタル 8月14日 19時39分配信

     全国高校サッカー選手権の予選にあたる大阪大会の開会式を欠席し、「棄権」扱いとなった強豪校の
    大阪学院大高(大阪府吹田市)の垂谷(たるたに)昌一教頭が14日、朝日新聞の取材に応じた。垂谷
    教頭は「生徒にはサッカー部の顧問から事情を説明し、謝罪した」としたうえで、「出場の方法を模索したが、
    最終的にはルールに従わざるを得ないと判断した」と語った。

     大阪大会の開会式は7日にあったが、顧問が日程を勘違いして同校は欠席。7人以上の出席がなければ
    大会を棄権になるという「開会式要項」に基づき、棄権が成立した。垂谷教頭は救済措置を求める保護者
    会について、「学校としては署名活動をやめてほしいとは言えない。そのことで関係機関からお叱りを
    受けることになっても、甘んじて受け入れます」と話した。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160814-00000050-asahi-spo

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    1: あちゃこ  2016/08/14(日) 16:44:13.81 ID:CAP_USER9
    朝日新聞デジタル 8月14日 5時17分配信

     全国高校サッカー選手権の予選にあたる大阪大会で、シード校として出場する予定だった強豪の
    大阪学院大高校(大阪府吹田市)が開会式を欠席し、棄権扱いにされたことがわかった。学校側は
    「顧問が日程を間違えた」と、保護者に謝罪したという。サッカー部の保護者会は「選手たちに罪はない」
    として、大会出場への救済措置を求める嘆願書を提出する構えだ。

     大会運営にあたる大阪高校体育連盟の関係者によると、大会の開会式要項には、7人以上の出席がなければ
    大会を棄権になると明記されているといい、6月中旬の抽選会でも、その旨の説明があったという。

     大阪学院大高校は今月7日、ヤンマーフィールド長居(大阪市東住吉区)であった開会式で、参加
    215校のうち1校だけ集合時間に集まらず、大会本部からの問い合わせに「忘れていた」と説明。
    結局、開会式には間に合わず、棄権が成立したという。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160814-00000011-asahi-spo

    ※前スレ
    http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1471150388/

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    1: YG防衛軍 ★@無断転載は禁止 2016/08/13(土) 19:58:10.78 ID:CAP_USER9
    「永井謙佑や浅野拓磨みたいな直線的なドリブルでしたね」

     少年時代から足に関わるエピソードを欠かない選手だった。
     
     リオ五輪の陸上競技・男子100メートルに出場する桐生祥秀(東洋大学)は、彦根南中の陸上部に入ってから素質を開花させたが、じつは小学生時代にはサッカーに打ち込んでいた。どんな選手だったのか。また、「サッカーをする桐生」を知る人たちは、現在の活躍をどのように見ているのだろうか。
     
     桐生が小学生時代に所属していたのは、プライマリーSCという街クラブだ。琵琶湖の東側にあたる滋賀県彦根市、荒神山公園にあるグラウンドでチームは現在も活動を続けている。桐生は小学校の低学年でサッカーを始め、サイドハーフやサイドバックで走力を生かしていた。やはり、足は速かった。
     
     現在、プライマリーで6年生を担当している寺村勇一コーチが当時の記憶を引き出した。
    「うちは、ドリブルを主体に教えているチームなんだけど、桐生は細かい技術の部分は得意じゃなかった。今で言うと、永井謙佑選手(名古屋)とか浅野拓磨選手(アーセナル)みたいな直線的なドリブルでしたね。あのスピードだから、フェイントは要らなかったですね。加速するだけで置き去りにできましたから」
     
     常に前方のスペースがあるサイドバックで攻撃参加を得意としていた上、守備面においても、相手に抜かれてもすぐに追いつける、独特の強みを持っていたという。
     
     しかし、桐生は、小学4年生の時に新たなポジションにコンバートされた。快足と言えば攻撃の武器というイメージが強く「桐生がサッカーを辞めなければ、すごい快足FWになったのではないか」という声もある。
     
     だがチームには、前線の選手が豊富にいた。正GKがチームを離れたことをきっかけに、みんなで順番にGKを務めるようになったのだが、桐生は持ち前の瞬発力で好セーブを連発してみせた。
     
     そして、何よりもジュニア年代ではありがちな、DFとGKの間にボールを蹴られてカウンター攻撃を受けるという形になった時、相手FWよりも早くボールに到達して防ぐことができるという特徴があった。
    「シュートを打てる場面でパスをくれるような人だった」

     当時、指導にあたっていた峯浩太郎コーチはGKという意外なポジションで活躍していた桐生の姿を記憶している。
     
    「時々、練習試合などではFWで前に張らせてスピードを生かしたカウンター一発で点を取るということもさせたけど、5、6年生の時は、ほぼGK。ドイツ代表GKのノイアーみたいだった。守備範囲が広くて、ボールがペナルティエリアに到達すれば、相手FWより桐生が先にいるという状況だったから。彦根市の選抜セレクションもGKで受けて合格したのですが、選出された理由は、やっぱり出足のスピードでした」
     
     当時は快足と言っても、チームの中で足が速いグループのひとりといった程度の存在感だった。驚異的な存在になっていったのは、小学校の高学年から。陸上競技を行なっていた兄の影響を受けたのか、ぐいぐいとタイムを伸ばすようになり「ジェット桐生」のあだ名がついた。小学校6年生でチームを卒団する頃には、チームで明らかに一番速い選手になっていた。
     
     小学校を卒業し、中学生になる段階で、桐生は運命の決断をしている。サッカーを辞め、陸上競技の道に進んだ。峯コーチは「卒団するときに中学では陸上をやると言っていたので、指導者も仲間もサッカーに引き留めようとはせず、陸上をやれば凄い記録を出すんじゃないかという期待で送り出した」と当時の雰囲気を話した。
     
     サッカーの世界で結果を残す可能性も否定はできないが、英断だったと言うべきだろう。サッカーをする桐生、陸上競技をする桐生の両面を見て来た一学年後輩の瀬口雄貴は「桐生君は、めちゃくちゃ速かった。でも、優しくて、僕なら絶対にシュートを打つという場面でパスをくれるような人だったから、サッカーみたいな対人競技より、陸上競技の方が合っていたかもしれないなと思います。それにしても、中学生になってからの桐生君は、半端なかったですね。あらゆる記録をどんどん塗り替えていましたから」と話した。
     
     瀬口は、5年生の頃に一学年上の桐生らのチームに混じって試合に出場。後に滋賀の強豪である野洲高で全国高校総体のメンバー入りも果たした選手だが、中学時代はセゾンFCというクラブチームに所属し、学校の部活動には所属していなかったため、中学校の陸上部に駆り出されて大会に出たこともあった。そのため、陸上界に進んだ後の桐生の姿もよく知っている。誰にも邪魔されることなく、他を寄せ付けずに疾走する桐生の姿を見て、負けていられないと強い刺激を受けていた。

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    1: 風吹けば名無し2016/08/11(木) 09:08:15.18 ID:QQp5hOER0

    no title

     
    後だれ?

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    1: ニールキック(東京都)@2016/08/12(金) 20:21:58.99 ID:KkmOq87d0 BE:902871952-PLT(12000) ポイント特典
    【卓球】銅・水谷隼「3位決定戦」で水色ユニホーム着たくなかった
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160812-00000051-tospoweb-spo

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    1: YG防衛軍 ★ 2016/08/11(木) 19:30:31.89 ID:CAP_USER9
    J2昇格初年度ながら、堂々とした戦いぶりで充実のシーズンを送っているレノファ山口。

    ボール支配率はJ2でトップの数値をマークするなど攻撃的なスタイルはデータにも表れており、見る者を惹きつける。

    そんな山口は先週末、アウェイで町田ゼルビアと対戦。

    0-2とリードされながらもそこから逆転勝利を収めたのだが、前半アディショナルタイムにあげた同点弾は流れるようなパスワークから生まれた。

    https://www.youtube.com/watch?v=9rkCyGuhO4E



    幸野志有人のパスに前線の選手たちが連動!

    まるでトリックプレーのようなオフザボールの動きに町田のDF陣は混乱し、最後は福満隆貴の落としを島屋八徳が華麗なターンから入れ替わり、ファーサイドにボールを流しこんだ。

    ボールのないところで常に選手がポジションを変え、さらにはダイレクトのパスを交えることで山口のパスワークはより掴み所がないものに。人もボールも動くという、バルセロナのような崩しでゴールをこじ開けたのだった。

    このゴールについて得点を決めた島屋は、「(福満)隆貴にパスが入って、隆貴とワンツーのような形になることで、ボールが僕に入ってきたので、自分1人のゴールではないなと思う」とコメントしている。

    この試合に2-3と勝利した山口は順位を再び7位にまで上げている。山口は11日、ホームでセレッソ大阪を迎え撃つ。

    http://qoly.jp/2016/08/11/renofa-yamaguchi-passing

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    1: 風吹けば名無し 2016/08/07(日) 15:01:26.99 ID:aGWT18OUp
    結構たのしい

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    1: YG防衛軍 ★2016/08/06(土) 18:23:42.48 ID:CAP_USER9

    中学3年生になったFW久保建英は、8月4日まで開催されていた夏のクラブユース日本一を決める、日本クラブユース選手権(U-18)で、確かなインパクトとともに得点王という結果を残し、優勝に貢献してみせた。

    「自分は小学生の時に全国大会を見に行っていて、『いつか日本一になりたいな』と思っていたので、なれて嬉しいです」

     はにかんで笑顔を浮かべる様は、彼が確かに15歳なのだと思い出させてくれるものだったが、プレーのほうは今年に入ってから“中学生離れ”が進んでいるように見える。

     新春からU-18チームに合流すると、多くの試合で“スーパーサブ”として起用されてきた。「試合に入れれば、何かをやってくれそうな期待感がある」と佐藤一樹監督が評するように、限られた時間帯でも久保が入れば期待感が高まる。DFとMFの間でボールを引き出す上手さと確かなボールテクニック、何よりシュート精度の高さが独特の怖さを醸し出している。

     クラブユース選手権では「ゴール前の発想、点を取るクオリティに関して持っている稀有な才能を出してあげやすい状況で」(佐藤一樹監督)使う狙いから、専ら“スーパーサブ”として起用されて5得点。グループリーグの大分U-18戦で決めたゴール前の狭いスペースでのクイックモーションからのシュートや準決勝の川崎U-18戦での直接FKでの得点など、印象的なゴールを決めてみせた。「決めるだけのゴールが多かった」とは本人の弁だが、謙遜というほかない。

     連戦の中で90分のフルタイムを戦い抜く体力的なベースはまだないが、高円宮杯プレミアリーグEASTでは先発フル出場も果たしている。首位攻防戦となった7月9日の市立船橋高戦では、後にインターハイを制すことになる強力な市船守備陣を相手に奮闘。ゴールこそなかったものの、相手のスキを逃さずに攻め手を作り出す存在感は際立っており、市立船橋の朝岡隆蔵監督も「中学生なんだよね? ちょっと凄いね」と感嘆した様子だった。

     以前に久保から話を聞いた時は「フィジカル面が課題」と語っていたのだが、体幹トレーニングなどに継続的に取り組んでいる成果なのだろう。身体の背面に筋肉が付いてきて、コンタクトプレーにも強さと粘りが出てきている。守備で貢献しようという意欲も強くなり、市船戦では立ち上がりからプレッシングに加わり、ルーズボールの競り合いでも身体を張ったプレーを継続していて素直に驚かされた。

     佐藤監督は「あれができるようになってきてから先発させたんですよ」と言っていたが、それも納得のプレーぶりだった(本人は無得点に納得していなかったとは思うが)。

    元バルセロナユースというその派手なキャリアから簡単に「天才」と言われてしまいがちだが、自分の課題を見つめて少しずつプレーをベースアップしていく様子から、実際は相当な努力家なのだということもよく分かる。

     そして、とても賢い選手なのも確かだ。決勝では「(投入されたのが)時間帯的に守りの時間帯だった」と冷静に戦況を洞察して、守備に力を割いて「フォア・ザ・チームに徹してくれた」(佐藤監督)。準優勝に終わった昨夏の日本クラブユース選手権(U-15)に比べて一回り大きくなったように見えるのは、何も体格面の成長だけが理由ではあるまい。

     精神面の成長においては、今年のFC東京U-18の上級生たちが久保を温かく迎えてくれているのも大きいのだろう。フォア・ザ・チームの精神は、監督から言われれば身に付くというものではなく、日々の集団生活から自然と生まれてくるものだからだ。

    「年上の、日本一のチームで日々練習できているのは、すごく恵まれすぎているんじゃないかなと思います」という言葉には謙遜も入っているのだろうが、しかし本音も込められているように感じられた。

     久保建英は15歳の夏に初の日本一を手に入れた。ここから浮き沈みもあれば、壁にぶつかることもきっとあるだろう。まだそういう年齢であって、あくまで「可能性の年代」の選手だ。ただ、周りの賛辞で調子に乗って潰れてしまうようなタイプでないことは、1年半ほど彼を観てきてよく分かった。この類まれな才能を持った確かな努力家が、さらなる向上心を持ち、より大きく、たくましくなっていくことを静かに期待するのみである。

    http://www.soccerdigestweb.com/news/detail2/id=17970

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    1: 名無し募集中。。。@2016/08/04(木) 13:24:38.06 0
    野球は好調なのに

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    1: シャチ ★@ 2016/08/04(木) 11:49:20.57 ID:CAP_USER9

    1444-2

     
    【北條聡のフットペディア】■サッカー用語編『リベロ』

     サッカー史を語る上で必須の専門用語だろうか。しかし、現在では「死語」になりつつある。
    リベロを擁するシステム(守備戦術)が下火になった影響が大きい。

     リベロとはイタリア語で「自由」の意味。元々は特定のマークを持たない最終ラインの守備者をこう呼んでいた。
    英語のスイーパー(掃除人)や、ドイツ語のアウスプッツァー(火消し)と、ほぼ同じ意味だ。

     かつてのヨーロッパ・サッカー界では長くマンツーマン・ディフェンスが主流だった。
    守備の局面において、誰が誰をマークするのか、あらかじめ決めていたわけだ。

     もっとも、守備側の誰かが1対1の勝負に負けると、味方選手が自分のマークを捨ててカバーに回らなければならず、
    順番にマークがズレてしまう。そこで最悪の事態を回避する手立てとして、
    カバーリング専門の守備者を据えるリベロ・システムが考案され、広く定着するに至った。

     リベロは言わばセーフティーネットだが、単なるスイーパー(カバー専門職)ではないとの見方も根強い。
    リベロ・システムが常態化すると、攻撃の局面で敵にマークされないフリーの選手は原則、
    リベロだけになる。こちら(攻撃面)の利点も最大限に生かしてこそ、真のリベロというわけだ。

     実際、それを鮮やかにやってのける偉才がいた。それが『皇帝』と呼ばれたフランツ・ベッケンバウアーだ。
    1960年代の後半から1970年代にかけて活躍した偉大なるドイツ人は、リベロというポジションの再解釈を試みたパイオニアだった。

     彼の出現以降、最後尾から果敢に敵陣へと進出する「攻撃的リベロ」が生まれている。
    1980年代に活躍したモアテン・オルセン(デンマーク)や1996年にバロンドールを受賞した
    マティアス・ザマー(ドイツ)らが、そうだ。また若き日のルート・フリット(オランダ)も空前の
    ゴールラッシュを演じた破天荒なリベロだった。

     だが、彼らのような「自由人」は、21世紀の現代で、ほぼ居場所がない。1990年代後半から
    多くのチームがゾーン・ディフェンスへ移行したからだ。

     伝統のリベロ・システムに執着してきたドイツも、2006年に自国で開催されたワールドカップで
    本格的にゾーン・ディフェンスを採用している。ベッケンバウアー、マテウス、ザマー、
    トーンら歴代リベロの系譜が、ここで途絶えることになった。

     いまや「絶滅危惧種」とも言うべきリベロだが、マンマークの守備戦術に「理と利」を見いだす指導者がいれば、
    必須のアイテムとして復活するだろう。むしろ、ゾーン・ディフェンスが常態化した現代こそ、利得は大きいのではないか。

     他者(とくに強者)のマネをしていては勝てない――そう考える指導者にとって、リベロと、
    その仲間たちで構成される「安全網」は、僅差(きんさ)勝ちやジャイアントキリングへ導く
    魅力的なシステムに映るかもしれない。

    ◆北條聡(ほうじょう・さとし)サッカーライター。栃木県出身。早大卒。1993年より老舗の
    専門誌『サッカーマガジン』勤務。以来、サッカー業界一筋。2004年より『ワールドサッカー・マガジン』編集長、
    2009年より『週刊サッカーマガジン』編集長。2013年に退社し、フリーランスに。
    著書に『サッカー世界遺産』『サカマガイズム』(ベースボール・マガジン社)。
    敬愛する選手はカルロス・バルデラマ(コロンビア)

    (朝日新聞デジタル「&M」)
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160804-00010000-asahit-socc

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