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    カテゴリ: オモシロニュース

    1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2026/07/15(水) 15:47:12.759 ID:c8AmERnr0
    news.yahoo.co.jp/articles/a0a4dff18047cc91327751f9c5058334cc544da0



    (´;ω;`)アメリカ~
    no title




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    308: 名無しさんにズームイン! 2026/07/15(水) 06:18:38.32 ID:jgzl3OZU0
    フランス弱くね
    3位突破狙うべきだったと思う。
    日本でも勝てた気がしたわ。

    HMGFxGQbkAAR9MW


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    153: 名無しさんにズームイン! 2026/07/15(水) 06:12:50.78 ID:aorTnuQk0
    ほんで、フランスの最大の敗因は結局何やったんや?

    誰か一言で分析して🤔


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    1: ネギうどん ★ 2026/07/15(水) 12:33:23.26 ID:m+P+X/lt9
    SEOと同調圧力が沈黙させる「個人の尊厳」

    キリアン本人も主張、「正しくはムバペ」。単なる表記ゆれで片づけず、「マジョリティ(多数派)=正義」という共通のアルゴリズムについて考えるきっかけにしてはどうだろう。

    「アポストロフ(')は付かないんです」

    およそ2年前、世界最高峰のサッカー選手であるキリアン・ムバペ(Mbappé)が、自身の名前の正しい発音について語った動画が話題になった。フランスの公共放送のチャンネル「France 2」のインタビュー番組で彼は自嘲気味に微笑みながら、世間が自分を「エムバペ」と呼ぶことに対し、本来のつづりには「M」の後にアポストロフィがないため、正しくは「ゥムバペ(Mmmm-bappé)」のように発音するのだと明かした。それよりさかのぼること数年前、日本のメディアも本人に発音を確認。そこでも「ムバッペ」「エンバペ」は許容範囲だとしつつも、「エムバペ」は明確に否定している。

    にもかかわらず、これらの動画が広く拡散された今なお、日本のメディアや大衆の多くは彼を「エムバペ」と書き、呼び続けている。なぜ、本人が「違う」と明言しているにもかかわらず、私たちは間違った名前を呼び続けるのか。

    この現象の裏には、単なる「表記の揺れ」では片付けられない、現代のデジタル社会が抱える技術的・心理的なゆがみが潜んでいるように思える。それは、「SEO(検索エンジン最適化)」という経済的システムと、日本特有の「同調圧力」が結託し、個人のアイデンティティをマジョリティ(多数派)の力で圧殺する、極めて現代的な暴力の構図である。

    アルゴリズムが歪める「正しさ」── SEOという名の経済的ブレーキ

    なぜメディアは正しい表記に移行しないのか。その考えられうる最大の理由は、インターネット空間を支配する「SEO(検索エンジン最適化)」というゲームルールにある。

    商業メディアにとって、アクセス数は死活問題だ。世間の多数派が「エムバペ」と検索している現状において、ある良心的なメディアが「本人がそう言っているから」と正しい表記の「ムバペ」や「ゥムバペ」で記事を書いたとしても、Googleの検索結果で上位に表示されにくくなる可能性が高い。もちろん検索エンジンは表記ゆれをある程度吸収する。

    しかし、担当者がよほど覚悟のある人間でない限り「みんなが使用している表記を選択したい」と安全策をとるのは当然で、「正しい表記をすると経済的に損をしかねない」という歪んだインセンティブがどうしても働いてしまうと考えられる。

    (略)

    ムバペ選手は動画の中で、「すべてを正すのはキリがないから、気にしないよ」という趣旨のことを語っている。私たちはこれを彼の「寛容さ」として受け止め、免罪符にしている。しかし、これは寛容さなどではない。圧倒的な数の暴力に晒された個人が、生きるためのエネルギーを節約するために選ばざるを得なかった「消耗戦の果てのギブアップ」である。

    もし彼が毎回「私の名前はムバペだ」と目くじらを立てて訂正し続ければ、世間からは「神経質だ」「クレーマーだ」と正当な不満を否定する声が出てくるだろう。最終的に彼に残されるのは「笑顔であきらめる」という選択肢……。

    ムバペ選手のルーツは、父方のカメルーン、そして母方のアルジェリア(カビル系)にまたがる。「ムバペ」という名前に宿るそのアフリカのルーツを、自分たちの発音のしやすさのために勝手に「エムバペ」と書き換え、本人があきらめざるを得ない状況に追い込む。これは、マジョリティによるマイノリティへの「文化的支配」であり、実質的な「口封じ」に他ならない。少なくともそれは敬意を欠いた行為だ。

    続きはソースで
    https://news.yahoo.co.jp/articles/c2f8854f691f8dc4d102367f5149f5ab225531cb




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    1: ネギうどん ★ 2026/07/15(水) 11:17:37.34 ID:m+P+X/lt9
    <FIFAワールドカップ2026(W杯)北中米大会:フランス0-2スペイン>◇準決勝◇7月14日(日本時間15日)◇ダラス・ダラススタジアム

    前回準優勝のフランス(FIFAランク3位)が0-2でスペインに完封負けを喫した。2大会ぶりの優勝、3大会連続の決勝進出を逃した。

    試合終了のホイッスルが鳴ると、FWキリアン・エムバペ(27=レアル・マドリード)はぼうぜんとした表情を浮かべた。

    レキップ紙電子版の速報によると、エムバペは試合後、「自分たちが望んでいたような試合ができなかった」と語った。

    同紙は「フランス代表のキャプテン、エムバペは、ワールドカップ準決勝でスペインに0-2で敗れ、チームが敗退したことを受け、当然ながら失望を表明した。しかし、彼はすぐに気持ちを切り替えたいという意志も示した」と伝えた。

    主将のエムバペはM6のインタビューで以下のように語った。

    「自分たちが望んでいたような試合ができなかったと思う。戦術的にも技術的にも、そして全体的なパフォーマンスの面でも。ワールドカップの準決勝でやるべきことをやれなければ、勝つことはできない」。

    「スペインは自らの戦術を貫き、それに忠実だった。彼らはボールと試合のテンポを支配することを好むチームだ。我々の目標は、彼らがリズムを築くのを許さないよう、高い位置でプレスをかけ続けることだった。というのも、試合のコントロールの面では、彼らは我々よりも優れているからだ」

    「それを成功させることはできず、技術的な不備も多すぎた。必要な場面で相手にダメージを与えることができなかった。この力関係を覆すのは我々の役目だったが、その点で失敗してしまった。残りは、先ほど私が述べたことの必然的結果に過ぎない」

    「試合開始早々、中盤で常に3対2の状況に陥っていた。スペイン相手だと、これは複雑な状況だ。ファビアン(ルイス)とロドリには、プレーする時間がたっぷりあった。プレスに関するコミュニケーションが不足していた。スペイン戦では、1対1で対応し、相手に自分たちと一緒に走り回らせるべきだったと思う」

    「高い位置でのボール奪取に成功した場面でも、最初のボールタッチはワールドカップの準決勝にふさわしいものとは言えなかった。そして、そうした場面が積み重なると、結果として敗戦につながってしまう。もちろんこれは大きな失望だが、客観的に見れば、決勝進出に必要な要素をすべてそろえることはできなかった」(松本愛香通信員)

    https://www.nikkansports.com/soccer/worldcup2026/news/202607150000186.html




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    203: それでも動く名無し 2026/07/15(水) 07:13:18.89 ID:etnnntm70
    何も起きなかったな
    最強の個人軍団、最強の組織の前に沈む


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    50: それでも動く名無し 2026/07/15(水) 06:10:24.98 ID:do2vRJYY0

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    5: それでも動く名無し 2026/07/15(水) 05:36:34.56 ID:eGBJE0i50
    こんなに差あるんやな

    HNN1vrta0AAVtCN



    7: それでも動く名無し 2026/07/15(水) 05:37:03.52 ID:vm66ar5U0
    エンバペさんの目が虚ろでワロタ


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    1: 尺アジ ★ 2026/07/14(火) 23:09:12.83 ID:KS9Tac7d9
     サッカーFIFAワールドカップ2026(W杯)北中米大会で初の8強進出を果たしたノルウェー代表が現地時間13日、首都オスロに帰国した。

     チームは王宮でハーラル5世国王に謁見した後、宮殿前広場で祝賀セレモニーに出席。王宮前には約9万人の国民が詰めかけた。式典では船を漕ぐパフォーマンス「バイキング・ロウ」を披露。オープンバスで街を凱旋(がいせん)パレードした。

     同国メディア「Nettavisen」の取材に応じたMFマルティン・ウーデゴール主将(27=アーセナル)は「これほど多くのサポートをしていただけて、私たちの後ろで支えてくれていたことを目にできて、本当に信じられない気持ちです」と感激した。

    ※続きは以下ソースをご確認下さい

    日刊スポーツ
    (c) 日刊スポーツ新聞社
    最終更新:7/14(火) 15:09

    https://news.yahoo.co.jp/articles/60113dc3c4d77c2e1125c027c63dce46b1cd5167




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    1: 征夷大将軍 ★ 2026/07/15(水) 05:11:01.93 ID:fA9EO7zv9

    0e83d681


    スポニチ[ 2026年7月15日 03:00 ]
    https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2026/07/15/kiji/20260715s00002014033000c.html

     日本サッカー協会が来年のアジア杯(1月7日~2月5日)までの契約延長が確実な日本代表の森保一監督(57)の後任候補を、U―21日本代表監督の大岩剛氏(54)に一本化していることが14日、分かった。28年ロサンゼルス五輪を目指す代表チーム監督との兼任となり、来年3月の国際Aマッチ週間から指揮を執る見通し。18年W杯ロシア大会を率いた西野朗氏(71)からの日本人路線を継続して30年W杯に向かう。

     関係者の話を総合すると、日本協会が森保監督に提示した異例の半年間の契約延長は、後任に“大岩監督ありき”で設計されたものだという。宮本恒靖会長と山本昌邦技術委員長を中心に、U―21日本代表が9~10月に自国開催のアジア大会を控えることや、ロサンゼルス五輪のアジア出場枠が2に削減されたことなどを踏まえ、どの形でバトンを託すのが最善かを模索。現時点でロス五輪のアジア予選となるU―23アジア杯の日程は未発表だが、来年3月の国際Aマッチ週間以降は2チーム兼務でハンドリング可能との判断が下されたもようだ。

     大岩氏は24年パリ五輪を24歳以上のオーバーエージ枠を使わずに8強に導いた。日本史上初めて五輪世代の監督を続投したが、日本協会はこの時点で将来的にA代表の指揮を託す青写真を描いていた。今年1月のU―23アジア杯を他国より2歳下の21歳以下のチームで連覇したことで、評価は確固たるものになった。森保政権下で主力を担う21年東京五輪世代が30年W杯は30代となるため、一定程度の世代交代は不可欠。森保監督がA代表と五輪代表の監督を兼任し、円滑に新陳代謝を進めた成功例も兼任プランを後押しした。

     日本協会は森保監督の後任候補に一時は世界で実績のある外国人をリストアップ。招聘(しょうへい)に10億~20億円規模の予算が必要な点や、18年ロシア大会を指揮した西野氏から積み上げてきた“日本らしさ”を追求する観点から日本人路線の継続を決めた。大岩氏はW杯期間中に日本代表のベースキャンプ地ナッシュビルを訪れるなど森保監督との関係は良好。監督交代後も代表チームとしてのベースが失われない意味は大きい。日本協会の掲げる50年までのW杯優勝へ、大岩氏がバトンを受ける土壌はできている。

     ◇大岩 剛(おおいわ・ごう)1972年(昭47)6月23日生まれ、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身の54歳。清水商(現清水桜が丘)から筑波大を経て95年に名古屋入り。磐田を経て03年に鹿島へ移籍し、Jリーグ初の3連覇を経験した。国際Aマッチ3試合出場。11年元日の天皇杯優勝を最後に現役を引退し、同年鹿島のトップチームコーチ就任。17年5月に監督昇格。18年にACL優勝へ導いた。U―23日本代表を率いた24年パリ五輪は8強入り。U―23アジア杯は24、26年大会を連覇。

     ≪A代表&五輪兼任監督≫
     ☆フィリップ・トルシエ 98年9月のA代表監督就任時からU―21日本代表監督を兼任。00年シドニー五輪で68年メキシコ五輪以来の決勝トーナメント進出に導き8強入り。02年W杯日韓大会では1次リーグを2勝1分けで無敗突破して史上初の決勝トーナメント進出を果たした。宮本恒靖、松田直樹、稲本潤一、柳沢敦ら多くの選手が両大会に出場。

     ☆森保一 17年10月に東京五輪を目指すU―21日本代表監督に就任。18年4月のA代表のハリルホジッチ監督の解任を受け、A代表にコーチで入閣。18年W杯ロシア大会後に監督に昇格し、五輪代表との兼任となった。東京五輪は4位。A代表では2大会連続でW杯を指揮し、冨安健洋、久保建英、堂安律、上田綺世ら東京五輪世代が主軸を担った。



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