1: Pumas ★@\(^o^)/ 2015/05/01(金) 11:00:31.66 ID:???*.net
サッカー日本代表の次期エースとして期待されるFW武藤嘉紀(22=FC東京)は移籍するのか。
イングランド・プレミアリーグの強豪チェルシーから正式オファーを受け、動向が注目されている。
チェルシーへの回答期限が迫るなか、ユース時代の恩師、倉又寿雄・立教大サッカー部監督(56)が本紙のインタビューに応じた。教え子の将来を左右する移籍問題に緊急提言するとともに、ユース時代の意外な秘話も明かした。
――現在、武藤の去就が注目を集めている
倉又監督:個人だけを考えるなら、僕は今のタイミングじゃないと思う。彼の性格からしてみても、慣れるまでに時間がかかる。
日本のチームだと言葉も通じるし自分の性格も分かってもらえるけど、海外に行ってFW本田(圭佑=28、ACミラン)みたいに自分が胸を張ってというタイプじゃないから。
人に合わせて様子を見ながらというタイプなんでね。そのまま自分のプレーを失いかねない。これからW杯の予選も始まる大事な時期。今はJリーグにいたほうがいい。それに、チェルシーに行くなら絶対反対です。
――なぜか
倉又:間違いなく(試合に)出られない。本当に武藤を見て獲りたいのか、どこまで武藤を気に入ってそういう話をしてきているのか。
今はチェルシーにも(レンタルで)出されるチームにも行かないほうがいい。(レンタル先のチームが)「チェルシーから頼まれたから獲ってやったよ」となると、そこからまたスタートになるのでマイナスだ。
――ストライカーとして活躍するが、FC東京のユースで一度サイドバックにコンバートされた
倉又:もともとドリブルが大好きで、スタッフの話も聞かずに自分の好きなことだけやるタイプの選手だった。
だが、ユースでは通用しなくなった。だったら前にスペースがあるところで彼のスピードを生かしたほうが特徴が出るのではと。
守備面でも1対1に強かったし。ヘディングが強いので途中でセンターバックもやらせた。そこでも生きていけると思うほどだった。
――再びFWに戻ったのはなぜか
倉又:(高校)3年生になる時に、彼が私のところに来て「最終学年なので前で勝負したい」と自分で言ってきた。私としてはサイドバックでプロにしたかった。ただ、本人が前でやりたいという気持ちがとにかく強かった。
――サイドバックを経験して一皮むけた
倉又:人を使えるようになった。まず人を使ってから自分が生きると。それまではなんでもかんでも自分で点を取ろうという感じだったから。
――FC東京でトップチームに上げる声もあったはずだが、慶大進学を選んだ
倉又:それは彼本人が決めた。トップの強化とも話をして武藤も候補に入っていたけど、3者面談で「今トップに行っても活躍できる自信がないので、一回大学を経由してからプロを目指します」と言ってきた。
でもまだトップが(正式に)決めてもいないからね(笑い)。だけど、本人が強い意志を持っていたので、それなら大学に行かせようとなった。
――最後に、海外に行くべきタイミングは
倉又:W杯に出て、認められて、そこで呼ばれて行くというのがいいと思う。そういうプロセスが大事。本人もよく考えてほしいと思う。長い目で見たほうがいい。
☆くらまた・ひさお=1958年12月1日生まれ。埼玉県出身。日本鋼管(現NKK)でプレーし、1982年には日本代表にも選出された。92年に現役引退。
指導者としてはFC東京でヘッドコーチを務め、2006年にはシーズン途中から監督として指揮した。U―18監督も歴任するなど育成手腕に定評があり、13年に日体大、今年から立大を率いている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150501-00000002-tospoweb-socc
イングランド・プレミアリーグの強豪チェルシーから正式オファーを受け、動向が注目されている。
チェルシーへの回答期限が迫るなか、ユース時代の恩師、倉又寿雄・立教大サッカー部監督(56)が本紙のインタビューに応じた。教え子の将来を左右する移籍問題に緊急提言するとともに、ユース時代の意外な秘話も明かした。
――現在、武藤の去就が注目を集めている
倉又監督:個人だけを考えるなら、僕は今のタイミングじゃないと思う。彼の性格からしてみても、慣れるまでに時間がかかる。
日本のチームだと言葉も通じるし自分の性格も分かってもらえるけど、海外に行ってFW本田(圭佑=28、ACミラン)みたいに自分が胸を張ってというタイプじゃないから。
人に合わせて様子を見ながらというタイプなんでね。そのまま自分のプレーを失いかねない。これからW杯の予選も始まる大事な時期。今はJリーグにいたほうがいい。それに、チェルシーに行くなら絶対反対です。
――なぜか
倉又:間違いなく(試合に)出られない。本当に武藤を見て獲りたいのか、どこまで武藤を気に入ってそういう話をしてきているのか。
今はチェルシーにも(レンタルで)出されるチームにも行かないほうがいい。(レンタル先のチームが)「チェルシーから頼まれたから獲ってやったよ」となると、そこからまたスタートになるのでマイナスだ。
――ストライカーとして活躍するが、FC東京のユースで一度サイドバックにコンバートされた
倉又:もともとドリブルが大好きで、スタッフの話も聞かずに自分の好きなことだけやるタイプの選手だった。
だが、ユースでは通用しなくなった。だったら前にスペースがあるところで彼のスピードを生かしたほうが特徴が出るのではと。
守備面でも1対1に強かったし。ヘディングが強いので途中でセンターバックもやらせた。そこでも生きていけると思うほどだった。
――再びFWに戻ったのはなぜか
倉又:(高校)3年生になる時に、彼が私のところに来て「最終学年なので前で勝負したい」と自分で言ってきた。私としてはサイドバックでプロにしたかった。ただ、本人が前でやりたいという気持ちがとにかく強かった。
――サイドバックを経験して一皮むけた
倉又:人を使えるようになった。まず人を使ってから自分が生きると。それまではなんでもかんでも自分で点を取ろうという感じだったから。
――FC東京でトップチームに上げる声もあったはずだが、慶大進学を選んだ
倉又:それは彼本人が決めた。トップの強化とも話をして武藤も候補に入っていたけど、3者面談で「今トップに行っても活躍できる自信がないので、一回大学を経由してからプロを目指します」と言ってきた。
でもまだトップが(正式に)決めてもいないからね(笑い)。だけど、本人が強い意志を持っていたので、それなら大学に行かせようとなった。
――最後に、海外に行くべきタイミングは
倉又:W杯に出て、認められて、そこで呼ばれて行くというのがいいと思う。そういうプロセスが大事。本人もよく考えてほしいと思う。長い目で見たほうがいい。
☆くらまた・ひさお=1958年12月1日生まれ。埼玉県出身。日本鋼管(現NKK)でプレーし、1982年には日本代表にも選出された。92年に現役引退。
指導者としてはFC東京でヘッドコーチを務め、2006年にはシーズン途中から監督として指揮した。U―18監督も歴任するなど育成手腕に定評があり、13年に日体大、今年から立大を率いている。
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