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    カテゴリ: セリエA

    190: 名無しさん@恐縮です 2020/04/28(火) 19:56:53.15 ID:PqGK36P60
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    ジョルカエフて中田より評価ひくいだろ 
    98年ではジダンジョルカエフと中田名波で比較されたけどジダンだけが突出して凄かった


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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2020/04/29(水) 12:39:20.25 ID:HCqrFIFw9

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    ユヴェントスで3人目となる新型コロナウイルス感染者のパウロ・ディバラ。感染確認から1カ月以上経過しているが、6週間目に突入した最新の検査でも陽性と診断されたようだ。

    ユヴェントスではダニエレ・ルガーニ、ブレーズ・マテュイディが新型コロナウイルスに感染。検査を受けたディバラは3月21日に陽性と診断され、それ以降恋人のオリアナ・サバティーニとともに隔離生活を続けているが、最新のPCR検査でも変わらず陽性との結果が出た模様。スペイン『El Chiringuito』が伝えている。

    「ユヴェントスFWディバラは4度目のテストを受け、今回も陽性と診断された。これは感染症をまだ克服していないという事実を示しており、チーム合流に向けた動きが再び凍結されたことを意味する」

    「ディバラが陽性と診断されたことにより、ユヴェントスがこの後どうなるのか改めて不透明となった。アタランタGKマルコ・スポルティエッロも3度の検査を受けて陽性、陰性、陽性の結果となったため、ディバラも同様のケースとなる」

    ディバラは3月21日の検査で陽性となり、隔離生活へと突入。その後2度目の検査では陰性と診断されていたが、4月上旬に3度目の検査を受け、再び陽性となったと恋人オリアナから明かされていた。

    それから20日以上経過した現在も陽性と診断されたことにより、ディバラの隔離状態はさらに続くことが濃厚となったようだ。

    4/29(水) 11:49 Yahoo!ニュース 40
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200429-00010007-goal-socc


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    1: 風吹けば名無し 2020/03/19(木) 12:32:40.32 ID:ZtXxV5x9d

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    明る過ぎない?

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    1: 久太郎 ★ 2020/04/28(火) 21:31:59.17 ID:BkuQncQH9

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     イタリア・セリエAのボローニャに所属する日本代表DF冨安健洋にローマが関心を示しており、オファーを出すことを検討しているという。伊紙『イル・テンポ』が報じたとして『フットボールイタリア』などが伝えている。

     冨安は昨年夏に推定900万ユーロ(約10億5000万円)とされる移籍金でベルギーのシント=トロイデンからボローニャへ移籍。負傷離脱を強いられた数試合などを除けばほぼ全ての試合に先発起用され高い評価を得ている。

     日本代表などでのポジションはセンターバックだったが、ボローニャでは主に右サイドバックとしてプレー。さらに守備的MFとしてもプレー可能なユーティリティー性にローマのパウロ・フォンセカ監督が好印象を抱いていると伝えられている。

     一方、ボローニャでのプレーを続けるとすれば本来のCBとしてプレーできる可能性があるかもしれない。ボローニャ地元紙『レスト・デル・カルリーノ』が報じたとして『カルチョニュース24』が伝えたところによれば、シニシャ・ミハイロビッチ監督は冨安のCB起用を検討し、右SBにはミランからダビデ・カラブリアの獲得を検討しているとのことだ。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200428-00372222-footballc-socc


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    1: Egg ★ 2020/04/28(火) 20:42:36.72 ID:olrIe9GQ9
    【多事蹴論:連載1】サッカー界で起きたさまざまな問題や事件、話題、知られざるエピソードについて本紙担当記者が迫る新連載「多事蹴論」がスタート。第1回は1994年に当時、世界最高峰リーグと言われたイタリア1部のジェノアに移籍した“キング・カズ”こと元日本代表FW三浦知良(53=横浜FC)の“退団後”を裏話や後日談を交えて徹底検証した。

     1982年に15歳で単身ブラジルへ乗り込んだカズは86年に同1部の名門サントスとプロ契約を結んだ。その後、数々のクラブを渡り歩き、90年に読売クラブ(後のV川崎、現J2東京V)に入団。日本サッカーをアジアトップへ引き上げるとともに、プロサッカーが発足した93年にはJリーグとアジアサッカー連盟(AFC)の最優秀選手賞(MVP)を受賞した。その功績もあって94年夏、イタリア1部ジェノアへ移籍し、念願の欧州進出を果たした。

     当時「世界最高峰リーグ」と言われたイタリアには世界中のスター選手が集結。アジア人初参戦となったカズの挑戦は大きな注目を集めたが、ケガやチーム事情もあって本来のパフォーマンスを発揮できず、地元メディアから「壊れた木馬」(役に立たないの意)とやゆされるなど、わずか1得点と散々なシーズンを過ごした。チームも2部に降格し失意の帰国が確実視されていた。

     しかし、その裏では同1部トリノへの移籍が現実味を帯びていた。実父でカズの代理人も務めた納谷宣雄氏も「その話はあった」と認めていたように、水面下で交渉していたという。ジェノアでは結果を残せなかったものの、ブラジル時代に活躍した全国選手権でのプレーやコリチーバ時代にパラナ州選手権制覇に貢献するなど、当時のパフォーマンスが高評価されていたからだった。

     実際、ブラジル時代にもイタリア行きが浮上していたという。カズは本紙に「他のブラジル人選手と3人セットでイタリアに移籍するという話があった」と語る。ただ「パス(保有権=現在は原則廃止)の完全買い取りが向こうの条件だった。そうなると今後、行き先を自分で決められなくなる恐れがある。それで断った」と話したが、当時からイタリアでは注目の存在だったわけだ。

     カズ自身も世界最高峰の舞台で成功を目指してきただけに1年目の“失敗”を糧に再挑戦したい意向もあった。しかしシーズン後の95年夏にV川崎(現東京V)へ復帰。Jリーグで再始動する決断を下したのはなぜだったのか。カズは「もちろん、やってみたい気持ちもあったけど、もともとレンタル(1年の期限付き移籍)だったし、ナベツネさんとの約束もあったからね。(イタリアでプレーするのは)1年だけだぞって…」と本紙に語っていた。

    「ナベツネさん」とはカズが所属していたV川崎の親会社の一つ、読売新聞社の渡辺恒雄社長(当時)のことで、仲人も務めてもらった恩人だ。当初は人気絶頂のJリーグをけん引する象徴的な存在だったため、海外移籍を猛反対されていた。それでも、イタリアで挑戦したかったカズは熱意を伝え、最終的には期限付きで承認を得たという。

     こうした経緯があるだけに、カズは2年目のシーズンに臨む決断ができなかった。95年夏に復帰したスターはV川崎の第2ステージ制覇に貢献。自身も26試合23得点と大爆発したが、あのままイタリアでプレーしていたらきっと日本サッカーの歴史も違ったものになっていたはずだ。

    4/28(火) 16:45配信東京スポーツ
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200428-00000047-tospoweb-socc

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    1: 風吹けば名無し 2020/04/07(火) 02:23:23.79 ID:B1g3SzQN0

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    1:番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です (ワッチョイW 9ec7-+Wp8) : 2020/03/28(土)21:52:33ID: BE:185423565-2BP

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    ASローマは公式ツイッターで「自宅待機でちょっと退屈しているファンへ。 
    見たい映像のリクエストを受け付けます」と呼びかけた。 
    すると、これにローマ公式アカウントに日本版が反応。「我々は、中田(英寿)のゴールが見たい」とメッセージを送ると、すぐにこのリクエストに反応した。 
    公開されたのは、2001年5月6日(第29節)に行なわれたユベントス対ローマの一戦だ。 
    スクデットの行方を左右する大一番となったこの試合、中田は後半途中、 
    2点ビハインドの場面でフランチェスコ・トッティと交代してピッチに登場した 
    そしてこのサムライ戦士が、大仕事をやってのける。中央でボールを受けてドリブルで持ち上がると、 
    エリア外から右足を振り抜き、強烈なミドル弾を叩き込む。 
    さらに中田のシュートが2点目も呼び込み、負けゲームを2-2のドローに持ち込む原動力となった。 
    このシーズンは、最終的にローマがユベントスを振り切ってリーグ優勝を決めた。 
    勝点差は2ポイント。この直接対決のドローが結果的に大きな意味を持ったため、中田を「英雄」として称える声は根強くある。 
    動画がアップされると、現地サポーターからは「文句のつけようがない」、「ヒデー!」、
    「俺はここにいたんだよなあ」、「サムライ!!」、「ローマのシャツを着た最高のひとり」、「ナイスシュート、そしてナイスゴール」といった絶賛のコメントが寄せられた。 
    あのシーズン以来、スクデットから遠ざかって悔しい思いをしているだけに、 
    ロマニスタはこのスーパーな一撃に再び酔いしれたことだろう。 
    https://www.soccerdigestweb.com/news/detail1/id=71044 
    動画https://www.soccerdigestweb.com/news/detail2/id=71044

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    41: 風吹けば名無し 2020/04/23(木) 18:41:18.18 ID:zekD9T52p

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    オランダの英雄ファン・バステン、“ロナウド>メッシ”を主張「再現不可能な存在」 

    https://www.football-zone.net/archives/248949 

    カカ 
    「僕はロナウドを選ぶよ。彼は天才で生粋のタレントさ。あのプレーは信じられないものだ」 
    https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=71429 



    これが全て

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    1: 風吹けば名無し 2020/04/26(日) 22:01:08.52 ID:R4fKHeufM
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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2020/04/25(土) 17:54:42.34 ID:EBr/3JVL9

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    加入1年目でボローニャの主力に 「冨安ほどの選手はこれまでいなかった」

    今季ボローニャに加入した日本代表DF冨安健洋は、セリエA初挑戦のシーズンに主力の座を勝ち取り、印象的な活躍を披露している。イタリアメディアは「わずか数カ月で彼の価格は3倍になった」と取り上げ、「プレミアリーグのクラブがすでに冨安獲得に標準を合わせている」と伝えている。

    2019年夏にベルギー1部シント=トロイデンからボローニャに加入した冨安は、即座に右サイドバック(SB)で先発の座を勝ち取った。現在、新型コロナウイルスの蔓延により、イタリアではすべてのスポーツイベントで延期の措置を取っているが、直近の試合でボローニャは第26節ラツィオ戦を消化。敵地で0-2と敗れたものの、右ウイングバック(WB)で先発フル出場した冨安は、クラブ公式サイトで発表されたチーム内マン・オブ・ザ・マッチ(MOM)に選出されていた。

    そんななか、イタリア紙「コリエレ・デロ・スポルト」は「冨安効果。ボローニャはよりリッチになった」と見出しを打ち、冨安に注目。「日本人はほぼ脚光を浴びずにボローニャへとやってきたが、わずか数カ月で彼の価格は3倍になった。プレミアからもラブコールを受けている」と、その飛躍ぶりを大々的に取り上げている。

    「冨安ほどの選手はこれまでいなかったので、壮大なインパクトを与えた。(アルベルト・)ザッケローニが指摘するように、ピッチサイドを走って追い回すことを片時も忘れない。もちろん一部の試合で困難にぶつかる時もあったが、他の試合では、MFとしても偉大な主人公となった」

    800万ユーロ(約9億2000万円)でボローニャに加入した冨安だが、今では市場価格が2500万ユーロ(約29億円)と約3倍にまで急騰していることを説明し、「プレミアリーグのクラブがすでに冨安獲得に標準を合わせている」と伝えていた。近い将来、冨安のステップアップも実現するかもしれない。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200425-00258727-soccermzw-socc
    4/25(土) 11:10配信


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